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横浜地方裁判所 平成6年(ワ)2700号 判決 1996年2月15日

原告

山田康弘

ほか二名

被告

小林聡

主文

一  被告は、原告山田康弘に対し、金一億六八八二万四九五九円及び内金一億五三八二万四九五九円に対する平成二年一〇月七日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告山田肇に対し、金三三〇万〇〇〇〇円及び内金三〇〇万〇〇〇〇円に対する平成二年一〇月七日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告山田久子に対し、金三三〇万〇〇〇〇円及び内金三〇〇万〇〇〇〇円に対する平成二年一〇月七日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は、これを五分し、その一を原告らの、その余を被告の負担とする。

六  この判決第一項ないし第三項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告らの請求

一  被告は、原告山田康弘に対し、金二億八九〇四万九九〇六円及びこれに対する平成二年一〇月七日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告山田肇に対し、金五五〇万〇〇〇〇円及びこれに対する平成二年一〇月七日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告山田久子に対し、金五五〇万〇〇〇〇円及びこれに対する平成二年一〇月七日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実など

1  原告らの立場

原告山田康弘(昭和四七年一月一五日生、以下「原告康弘」という。)は、後述の交通事故(以下「本件事故」という。)の被害者であり、原告山田肇(以下「原告肇」という。)は、原告康弘の父であり、かつ、平成六年五月二四日禁治産宣告を受けた原告康弘の後見人であり、原告山田久子(以下「原告久子」という。)は、原告康弘の母である。

2  本件事故の発生(甲一、二)

別紙交通事故目録記載のとおり

3  責任原因

自賠法三条の運行供用者責任(争いない)及び民法七〇九条の一般不法行為責任(被告による原告康弘を引きずつた状態での被告車両の運転継続と軽率な引き出し行為による不適切な救助活動による停止義務及び適切な救助義務違反の過失に基づく)

4  原告康弘の傷害及び治療経緯(甲八ないし一一、一二の1、2、一三ないし一五、原告久子)

本件事故により、原告康弘は、窒息、心肺蘇生後脳障害等の傷害を負い、平成五年一一月三〇日症状固定となり、無酸素症性脳症による言語機能障害及び運動機能傷害の後遺障害を残した。

原告康弘の治療状況は、京都市の安井病院に平成二年一〇月七日から平成三年七月二九日まで入院、国分寺市の熊谷記念病院に平成三年七月二九日から平成四年八月二〇日まで入院、その後横浜市の昭和大学藤が丘病院に平成四年八月二〇日から症状固定後も、継続して入院中である。

5  原告ら主張の損害

別紙損害一覧表記載のとおり

二  争点

1  被告の過失及び原告康弘の過失

(原告の主張―被告の過失)

被告は、本件交差点に向かつて直進した原告車両が被告車両を認めて、転倒し、原告康弘が、被告車両の下にもぐりこんだにもかかわらず、そのまま五メートル以上、原告康弘を引きずつたまま走行を継続し、さらに、停車後、同人の足を持つて引きずりだそうとしたため、ヘルメツトの紐が同原告の頸部に絡み付き、同人を窒息死せしめた。これは、被告の事故後の無謀運転と、軽率な救助活動によるもので、全面的に被告に過失がある。

(被告の過失相殺の主張―原告の過失)

原告車両は、危険な体勢で、制限速度(時速四〇キロメートル)を二五キロメートル以上超過した速度で走行しており、一時停止をして既に本件交差点に先入していた被告車両の発見は容易であつたにも関わらず、その発見が遅れ、制動も遅れたのであるから、原告康弘には、過失があり、その過失割合は、六割相当である。

2  損害額

第三争点に対する判断

一  過失について

1  事故態様(甲一、二、三の1ないし8、四の1ないし6、五の1ないし7六の1ないし4、七の1ないし10、八、三六の1ないし50)

被告の供述調書中には、被告が被告車両を運転して本件事故現場である信号のない交差点にさしかかり、一旦停止後、再び被告車両を微速で発進させ、本件交差点を横断進行中、右方から直進してきた原告康弘が高速度で約二一・二メートル右方向に迫つてきたのを発見したとの供述部分があるが、一旦停車したとの供述部分並びに原告車両の速度及び発見地点ともににわかには信用できない。

被告は、一旦停止が不十分な状態で被告車両を交差点内に進入させ、原告康弘を衝突の危険を避けるため急制動させ、このため原告車両から落下させて被告車両に衝突させ、更に上半身を被告車両下に没入させた後、直ちに停止せず同人を約五メートル引きずり、その引き出しの際にも、ジヤツキを用いる前に顔に紐が引つかかつた状態で引きずりだそうとするなどした。このような地面への落下を含め、引きずられたことなどのために、原告康弘は、本件傷害を負つた。

被告車両の先入の有無についても、本件交差点は、一時停止標識のある左右の見通しの悪い交差点で、被告車両が明らかに交差点内に先入後に原告車両が衝突してきたとは、認められない。

2  被告の過失及び過失割合

右事実からすれば、被告の、衝突後の被告車両の停止措置が速やかでなかつたことと、その後の原告康弘の救出行為に不十分さがあつたことは明らかで、被告には、明らかに広い道路を進行してくる原告車両の動向を注視して、適切な運転措置及び救出行為をすべき義務を怠つた過失があつたことが認められる。

更に、原告康弘には、時速八、九〇キロメートルの高速度を出していたとまでは認められないが、制限速度の時速四〇キロメートルを超える速度で本件左右の見通しの悪い交差点に進入しようとした過失が認められ、本件事故を招く一要素にはなつたものと解されるから、本件事故については、原告康弘にも落度があり、その割合を一割として過失相殺するのが相当である。

二  原告らの損害について

(原告康弘分)

<1> 治療費(甲一八、一九) 六七六万五五二五円

原告主張の安井病院での針治療費一四万九三〇〇円の他、訴外大成海上火災保険株式会社が既に支払つている治療費相当金六六一万六二二五円を加えた合計六七六万五五二五円が相当な損害と認められる。

<2> 入院雑費(前掲書証、甲二〇から二四まで、原告久子) 九一六万〇六六一円

原告康弘の症状固定日までの入院期間が一一五一日であること、同原告の床擦れ防止のために着衣の頻繁な洗濯の必要性及び意識覚醒のためのテレビ観賞の必要性などからみて、入院雑費としては日額一三〇〇円が相当であるから、一四九万六三〇〇円が相当な損害と認められる。

将来に向けての入院雑費としては、症状固定時、原告康弘は二一歳であつたから、平均余命までの年数は五六年間が相当であり、事故時までの中間利息の控除をライプニツツ係数一六・一五二五を用いて計算した七六六万四三六一円が相当である。

<3> オムツ代金(甲一八から二四まで) 三九一万九〇九六円

原告康弘は、自力排便が不能であつたから、治療費の一部としてオムツ代が必要であり、症状固定日までは、一日五回ないし六回の替えをしており、治療費に含まれている熊谷病院分を除いて、安井病院分として一三万八九〇一円、昭和大学病院分として二九万一二五五円が認められる。

その後のオムツ使用代金などからみると、症状固定後は、月額一万八〇〇〇円の限度で相当であるから、2と同様にライプニツツ係数を用いて三四八万八九四〇円の限度で相当な損害と認める。

<4> 付添費用(前掲書証、原告肇、原告久子) 七九七六万六七一三円

原告康弘には、介護が必要であり、症状固定まで、安井病院で三五日間三五万六九〇〇円、熊谷病院で三八九日間、二七六万六二〇一円を要した。

症状固定後の付添費用としては、原告康弘には、生存する限り付添看護が必要であること、原告久子は、持病の関節リウマチのために十分な付添いができないこと、原告康弘の症状がわずかずつ快方に向かつていることなどの事情を勘案すると、職業介護人の付添交通費を一日一〇〇〇円、付添費用は、一日八時間とみて日額一万二〇〇〇円の限度で相当であるから、2と同様にライプニツツ係数を用いて計算した七六六四万三六一二円の限度で相当な損害と認める。

<5> 家族付添費用(原告久子) 四三六万二〇〇〇円

原告康弘は、症状固定までの職業付添人のついた四二四日以外の日には原告久子の付添いが必要であつた。一日六〇〇〇円の七二七日で四三六万二〇〇〇円が相当である。

<6> 家賃(甲三一、三二、原告久子) 五九万四八八四円

原告康弘の下宿先の家賃と原告肇及び久子の京都における介護のための部屋代として、右書証の合計額六五万六八三四円から敷金分五〇〇〇〇円と平成二年一一月分の重複と推定される一万一九五〇円を控除した右金額の限度で請求を認めるのが相当である。

<7> リハビリ用具代金(甲一八) 二七万一七五三円

原告康弘のリハビリなどのためには車椅子及び身障者用ワープロは必要であるから、車椅子代一六万〇〇〇九円、身障者用ワープロ代金一一万一七四四円は、相当である。

<8> 逸失利益 八九五六万四一五一円

原告康弘は、症状固定時は二一歳であつたから、その年収相当額は、賃金センサス平成五年第一巻第一表、産業計・企業規模計・学歴計・男子労働者全年齢平均賃金によると五四九万一六〇〇円である。また、無酸素脳症による四肢麻痺の程度からみて、労働能力喪失率は一〇割であり、事故当時は、専門学校の一年生であつたから、卒業予定時の二〇歳から六七歳までの四七年間の逸失利益を計算することとする。

症状固定日までの休業損害と、その後の逸失利益を含めて、ライプニツツ係数一六・三〇九三を用いて計算すると、原告康弘の逸失利益は八九五六万四一五一円となる。

<9> 慰謝料 四二〇万〇〇〇〇円

前記原告康弘の入院期間、通院回数、傷害の部位・程度、症状の推移、治療経過などの一切の事情を斟酌すると、同原告の傷害慰謝料としては、右金額が相当である。

<10> 後遺症慰謝料 二六〇〇万〇〇〇〇円

原告康弘は、本件事故により無酸素脳症による四肢麻痺等の後遺障害を負い、一生寝たきりの生活を余儀なくされ、前途ある若者の人生を挫折させられたことに対する精神的苦痛に鑑みれば、後遺症慰謝料としては二六〇〇万円が相当である。

<11> 医師謝礼(原告久子) 一〇〇万〇〇〇〇円

植物状態人間となつた原告康弘の受け入れ先病院が少ないためにその入院先を確保するためなどの必要のために支出した医師謝礼金二〇〇万円の内一〇〇万円の限度で相当因果関係のある損害と認める。

<12> 交通費(甲一八ないし二四、原告久子) 三二九万七七二〇円

横浜在住の原告久子が原告康弘の入院先である京都までの往復のための新幹線代金、タクシー代金及びガソリン代金、国分寺の熊谷記念病院までのJR、私鉄、タクシー代金、バス代金、ガソリン代金及び平成六年五月三一日までの昭和大学藤が丘病院までのJR、私鉄、タクシー代金、バス代金、ガソリン代金などの通院代金としての右請求代金については、その必要性が認められ、相当である。

<13> 入学費用 〇円

原告康弘は、専門学校に入学した後本件事故までの間通学したのであつて、入学金その他の費用についてはその目的を達しているのであるから、相当な損害とは認められない。

<14> 車両損害 〇円

車両損害を認めるに足りる証拠はない。

<15> 既払い金(争いない) 五二一八万七二九四円

任意保険よりの入金分 二七一八万七二九四円

自賠責保険よりの入金分 二五〇〇万〇〇〇〇円

<16> 弁護士費用 一五〇〇万〇〇〇〇円

本件訴訟の難易及び前記認容額などからみて、原告康弘らの委任した弁護士である原告ら訴訟代理人へ支払うべき報酬中、被告に負担させるべき同原告分の損害としては右金額が相当である。

(原告肇分)

<1> 慰謝料(原告肇、甲三三) 三〇〇万〇〇〇〇円

期待をかけていた未成年の息子が死亡にも比肩すべき後遺障害を負つたことに対する深い悲しみを考慮すると、父親の慰謝料は、右金額が相当である。

<2> 弁護士費用 三〇万〇〇〇〇円

本件訴訟の認容額である右慰謝料額からみて、原告肇分としての弁護士費用は、右金額が相当である。

<3> 合計 三三〇万〇〇〇〇円

(原告久子分)

<1> 慰謝料(原告久子、甲二四) 三〇〇万〇〇〇〇円

期待をかけていた未成年の息子が死亡にも比肩すべき後遺障害を負つたことに対する深い悲しみと看護の心労を考慮すると、母親の慰謝料は、右金額が相当である。

<2> 弁護士費用 三〇万〇〇〇〇円

本件訴訟の認容額である右慰謝料額からみて、原告久子分としての弁護士費用は、右金額が相当である。

<3> 合計 三三〇万〇〇〇〇円

三  結論

よつて、原告らの請求は、次の限度で認めるのが相当である。

(原告康弘分)

総損害額二億二八九〇万二五〇三円の一割控除である二億〇六〇一万二二五三円から既払金五二一八万七二九四円を控除した一億五三八二万四九五九円に弁護士費用額一五〇〇万円を加えた一億六八八二万四九五九円と内金一億五三八二万四九五九円に対する本件事故日から年五分の割合による遅延損害金

(原告肇及び原告久子分)

それぞれについて、慰謝料額三〇〇万円に弁護士費用額三〇万円を加えた三三〇万円と内金三〇〇万円に対する本件事故日から年五分の割合による遅延損害金

(裁判官 安井省三)

交通事故目録

一 日時

平成二年一〇月七日午前〇時三五分ころ

二 場所

京都市左京区北白川上池田町一八番地先交差点(以下「本件交差点」という。)

三 加害車両及び運転者

被告運転の普通乗用自動車(京都三三つ九〇六〇)(以下「被告車両」という。)

四 被害車両及び運転者

原告康弘運転の自動二輪車(横浜さ四二五二)(以下「原告車両」という。)

五 事故の態様

被告車両が信号のない本件交差点に差しかかり、本件交差点を直進したところ、右方から本件交差点に直進してきた原告車両と衝突したもの

損害一覧表

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